近年、雇用主が平等に関する法律や実務に対して取るべき姿勢に変化が見られます。これらの変化は、長期的に見れば企業に大きな影響を及ぼす可能性があります。本ニュースレターでは、この分野の基本的な概念を幅広く取り上げ、雇用主にとってどのような影響があるかを考察します。
DEI それとも EDI?
この分野の用語は、混同されやすい傾向があります。DEI は “Diversity, Equity and Inclusion(多様性、公平性、インクルージョン)” の略であり、EDI は通常 “Equality, Diversity and Inclusion(平等、多様性、インクルージョン)” を意味します。どちらの用語においても、「多様性(Diversity)」は、さまざまなバックグラウンドを持つ人から成る職場を意味し、「インクルージョン(Inclusion)」は、そのような人々が雇用され、働きやすいと感じる環境で、能力を最大限に発揮できるようにすることを指します。
「平等(Equality)」と「公平性(Equity)」の違い
この2つの言葉は一見似ているように思えますが、実はその違いが非常に重要です。
「平等(Equality)」は、イギリスでより一般的に使われる言葉であり、差別を禁じる代表的な法律「2010年平等法(Equality Act 2010)」の名称にも使われています。この考え方は、採用や昇進において保護特性(protected characteristics)を考慮せず、人種や性別、年齢などに関係なく全ての人を平等に扱うことを意味します。かつては「機会均等(equal opportunities)」と呼ばれていました。
一方、「公平性(Equity)」は「公正さ(fairness)」とも訳され、異なるアプローチを取ります。これは特定の個人を、歴史的に過小評価されてきた、または不利益を被ってきた「マイノリティグループ」の一員と見なすものです。そして、その立場に配慮した措置を取ることで、グループに属することによる不利益を防ごうとします。目指すのは結果として目に見える平等で、たとえば、労働力の男女比を50%ずつにすることや、民族構成が社会全体の人口比に即していることなどが挙げられます。
法律上の立場は?
イギリスの法律における基本的なアプローチは「平等(Equality)」です。たとえば、人種的背景を理由に誰かを採用することは、特別な例外(演劇上必要な場合など)を除き、常に違法とされています。つまり、たとえ意図が善意であっても、特定の国籍の人を優遇するような「積極的差別(positive discrimination)」は許されません。米国の一部で認められている「アファーマティブ・アクション(affirmative action)」は、イギリスでは人種差別とみなされ、禁止されています。
では、保護特性を完全に無視すべきなのでしょうか?
それほど単純な話ではありません。イギリス法では「間接的差別(indirect discrimination)」も違法とされています。これは、全員に対して一見公平に見える方針が、ある保護特性を共有する人々にとって不利に働く場合です。例えば、「日本語を話せること」という採用条件は、日本人以外の応募者に不利に働きます。ただし、直接差別と異なり、業務上の必要性によって正当化できる可能性があります。
積極的改善措置(Positive action)
また、法律では、労働力の多様性を向上させるための非常に限定的な措置を認めています。例えば、少数派グループを対象とした採用活動や研修などがこれに該当します。ただし、保護特性だけを理由にした採用や昇進は常に違法です。企業は多様性に関する目標を設定することはできますが、法的な一線を越えてはなりません。
一方で、特定のグループに対してのみ適用される措置も合法です。例えば、産休に関する権利は女性にのみ適用され、復職後の職探しにおいて、女性が優遇される場合があります。また、親には育児休業を取得する権利があり、障がい者には合理的調整が求められます。
賃金格差報告制度
賃金格差の報告は、職場における不平等を解消するための公的な施策として引き続き実施されています。イギリスでは、従業員250人以上の企業に対し、毎年「男女間の賃金格差」に関するデータの公表が義務付けられています。政府は、この制度を民族別や障がいの有無での賃金格差報告にまで拡大する計画を進めており、実際の運用方法は未定ですが、大手企業にとってはさらなる負担となる可能性があります。
今後の展望は?
「DEI」的なアプローチは、今後徐々に衰退していく兆しが見られますが、完全に無くなるまでには相当の時間がかかると予想されます。
特に米国では、近年の社会的動きにより、大手企業がDEIポリシーの見直しを進めています。たとえば、2025年初頭、Googleは、米国の新たな大統領令に基づき、連邦契約者に適用される規制に対応するため、マイノリティグループを対象とした多様性採用目標を撤廃すると発表しました。また、トランプ政権は、連邦政府からDEI施策を排除するための多数の措置を導入しています。
アメリカの動向は、イギリスにも波及することが多く、BTグループは最近DEI戦略を見直し、約37,000人の中間管理職のボーナス算定基準から多様性関連の目標を除外しました。これまでは、性別、人種、障がいに関連した目標がボーナスの最大10%に反映されていましたが、今後は従業員の総合的なエンゲージメント指標が用いられる予定です。一方で、上級管理職については引き続きDEIの指標が適用されます。BTは、長期的なインクルージョンへの取り組みは変わらないと強調しています。
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