商標権侵害や機密情報の不正使用などの問題に直面した際には、証拠を保全するための緊急の文書イメージング命令(document-imaging order)や、被告による資産の処分・隠匿を防いで勝訴時に損害回復を可能にするための財産凍結命令(freezing injunction)が必要になる場合があります。これらの法的手段は有効ですが、最近の判例で、こうした申立てを被告に事前通知せずに行う場合には、公正な情報提示義務を厳格に遵守する必要があることが改めて強調されました。
本ニュースレターでは、被申立人への事前通知なしでの申立てに対して与えられた命令が取り消された(1) J&J Snack Foods Corp (2) ICEE Corporation 対 (1) Ralph Peters & Sons Ltd (2) Mark Jeffrey Petersの判例について説明します。
判例の概要:何が問題となったのか?
原告は、被告が英国及EUにおいて、原告の「Slush Puppy」および「Slush Puppie」という商標を侵害し、詐称通用(passing off)を行ったと主張しました。これに関連して、原告は、被告に事前通知をせずに、裁判所に対して、被告の国内外すべての財産に対する財産凍結命令、および電子文書へのアクセスとそのイメージングを行う緊急命令を申し立て、発令を受けました。しかし、これらの命令は、被告出席の下で行われた二次審理において取り消されました。
その理由は、そもそも申立て時点で事前通知なしでの申し立てを正当化する状況に無かったことを含め、申立ての際の原告による情報提示の方法に重大な不備があったと裁判所が判断したためです。ファンコート裁判官(Mr Justice Fancourt)は、原告が完全かつ率直な情報開示義務、すなわち公正な情報提示義務を遵守していなかったと判示しました。
通知なしの申立てとは
裁判官は、被告が同席しない状態での審理は例外的なものであると説明しています。そのため、原告は、仮に事前に被告に通知をした場合、被告が何らかの行動(例えば資産の隠匿や証拠の破棄)をとって原告に不利益を与える恐れがあることを、正当な懸念として示さなければなりません。事前通知なしの申立てが認められるためには、以下のように、非常に厳格な要件を満たす必要があります:
「被告を排除する正当性は、証拠に基づいて説得力を持って示され、審理の場で裁判官に理解されなければなりません。また、審理が一方的にならないよう、誠実な努力が必要です。」
公正な情報提示義務とは
被告が出廷しない審理は自然正義の原則に反するため、原告には、全ての関連情報を裁判官に伝える極めて重い責任が課せられます。これには、もし被告が審理に出席していた場合に言及したであろう論点を全て挙げることも含まれます。
裁判官が指摘した具体的な違反内容
ファンコート裁判官は、原告の公正な情報提示義務違反として、以下の具体的な点を挙げました:
- 資産凍結額を確保するために、請求額を過大に述べたこと: 原告は、被告に対し、商標権侵害および詐称通用に関して利益計算(account of profits、違法に得た利益の返還)を求めていました。その際、FBL社(Ralph Peters & Sons Ltdの子会社)が侵害行為によって得たとされる利益も含めて、凍結を求める金額を算出し、裁判所に申し立てました。
しかし、FBL社は本件の英国における訴訟の被告ではなく、アメリカ・オハイオ州で進行中のICEE社との別の訴訟において被告とされていた会社です。英国での手続では、原告らは、被告らがFBL社の侵害を幇助した、または、被告らはFBL社と共謀したと主張しましたが、これはあくまで被告らの従たる責任を追及するものでした。したがって、原告は、FBL社の侵害によってFBL社が得た利益の全体ではなく、被告らがFBL社の侵害を通じて得たとされる利益に基づいてしか財産凍結命令の申立ては認められませんでした。
- 被告の抗弁の無視: 原告は、初回審理において、被告が出廷していれば当然主張したであろう抗弁を、裁判所に対して公平に提示しませんでした。
- 請求の時期区分に関する不明確さ: 原告は、侵害行為には2つの異なる段階があると主張しました。その第2段階では、FBL社は「Slushy Jack’s」という新たな商標を使用していました。しかし、事前通知なしの審理において、この新商標に関する侵害が合理的に主張が可能な案件であることを原告は立証しませんでした。この基準は仮処分を求めるための最低要件です。その結果、イメージング命令の範囲が不当に広くなってしまっていました。
- 資産の隠匿リスクの誇張: 原告は、被告が現在も事業を継続しており、2,600万ポンドの資産を保有するなど財政的に安定しており、さらに、原告にロイヤリティ(royalty)を支払っているといういくつかの重要な事実を裁判官に伝えませんでした。これらの事実は、資産が隠匿される現実的なリスクが存在しないことを示しています。
情報開示義務違反のリスク
企業が裁判所に対してバランスの取れた情報を提示しない場合、事前通知なしで得た仮処分命令は後に取り消される可能性があり、その結果としてコストや損害賠償、社会的評価への悪影響を及ぼすリスクがあります。本件において、裁判官は、違反は意図的なものではなかったと認定しましたが、それでも命令は無効となりました。
適切な申立てのために留意すべき点
事前通知なしの仮処分を適切に得るためには、以下の点に留意する必要があります:
- 申立ての緊急性や、初回審理に被告を出席させない必要性を明確に示すこと
- 自らに不利となる可能性がある事情や、被告側の潜在的な抗弁をすべて開示すること
- 主張や証拠を誇張することなく、正確かつ客観的に提示すること
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