2020・2021年には、雇用審判所において約3,000件の内部通報に関する申し立てが行われました。これは、例えば通常の不公正解雇の申し立ての数よりはるかに少ないものの、内部通報に関する申し立てはより複雑であり、(雇用主側は)敗訴することにより、経済的・風評的に多大な影響を受ける可能性があります。 本記事にて、内部通報とは何か、そして内部通報に関する申し立てについて審判所で争うことは雇用主にとってどのような意味を持つのか、について説明します。
1.「内部通報」(whistleblowing)とは?
内部通報者は、1996 年雇用権法(the Employment Rights Act 1996、以下「ERA」)を改正した1998年公益情報開示法(Public Interest Disclosure Act 1998(PIDA))により保護されています。この法律は、雇用主による不正行為を報告した労働者を、不当な扱いや解雇から保護するものです。報告内容、その動機、労働者の信念及び労働者が報告した相手のすべてが、その労働者が保護されるかどうかを判断するにあたって重要な要素となります。
- どのような申し立てが可能なのか?
従業員の解雇の理由または主な理由が、当該従業員が「保護対象となる通報」(protected disclosure)を行ったことにある場合、その解雇は自動的に不公正解雇となります。 通常の不公正解雇の主張が、2年間の勤続年数がなければできないのと異なり、本申し立てを行うにあたって勤続年数の制限はありません。
「従業員」(employee)のみが不公正解雇の申し立てを行うことができますが、「労働者」(worker)は、保護される通報を行ったという理由で不利益を受けた旨を主張することができます。不利益とは、昇進の機会を失うこと、職場で無視されたり敬遠されること、研修や社交行事から排除されるなど、あらゆる不利益を意味します。ERAに基づく通常の労働者の定義も、これらの目的のために拡大され、派遣労働者や研修コースの一環として職場体験に参加する者など、通常対象とされない個人も含みます。
- 保護対象となる通報とは?
保護対象となる通報かどうかの判断は非常に複雑になる可能性があり、最終的には、雇用審判所のみがその判断を下すことになります。内部通報者が保護されるかどうかは、彼らが条件を満たす通報を行ったかどうかによります。 そのためには単に証拠を収集したり、通報を行うと脅すだけではなく、実際に情報開示を行う必要があります。 さらに、通報の対象が以下6種類の「特定の不正行為」(relevant failure)のうちの1つに関連する必要があります。
- 詐欺やマネーロンダリングなどの犯罪行為
- 他人の健康や安全が危険にさらされている場合
- 環境に対するリスクまたは実際の損害の発生
- 誤った法的判断・措置(miscarriage of justice)
- 会社による法律上の義務違反
- 不正行為に関する情報の意図的な隠蔽
また、労働者は、その情報が上記の特定の不正行為に関連するものであり、当該懸案事項が公益に関するものである、すなわち、従業員の個人的な事情だけでなく、より広い影響を及ぼすものであると合理的に信じていなければなりません。
通報はまた、「保護対象となる通報」と認定される必要がありますが、これは通報を行う相手に大きく依存します。基本的な通報は雇用主に対して行われるもので、警察やメディアなど、他の所定のまたは外部の人に行われる場合でも、保護対象となる場合はありますが、そのためには特定の条件が満たされる必要があります。
4.金融サービス業を営んでいる場合、他に注意すべき点はあるのか?
はい、金融サービス分野における内部通報においては特別なルールがあり、FCAハンドブック(FCA Handbook)及びPRA規則書(PRA Rulebook)に記載されています。PIDAに基づき、内部通報者がFCA(Financial Conduct Authority)など所定機関に報告した場合、雇用主に報告した場合と同じような雇用法上の権利を有する可能性があります。その場合、雇用主に直接報告する必要はありません。 また、内部通報に関する会社の方針と手続きに責任を持つ「Whistleblowers’ Champion」を任命する必要がある場合もあります。
5.従業員がどのような方法で内部通報を行うのかは重要なのか?
Kong v Gulf International Bank (UK) Limited [2022]の裁判例において、控訴院は、従業員が保護対象となる通報(すなわち「内部通報」)を行ったことにより解雇されたのか、それともその方法が容認できないものであったために解雇されたのかについて検討しました。控訴院は、従業員が上司に対して露骨かつ不必要な批判を行ったことにより解雇されたこと、また、彼女の行動を理由とした解雇は、彼女の行った通報とは無関係であったことに同意しました。
このような事例で判断される重要な争点は、意思決定者(雇用主)にどのような動機があったか、つまり、どのような理由で原告を解雇し、または不利益に扱ったのか、という点です。本判例で指摘された通り、人間の動機は複雑であり、解雇の理由が保護対象となる通報の実施と純粋に切り離せるかどうかを確認するためには、なぜ意思決定者がそのように行動したかという理由について、微妙な要素を考慮しなければならないため、この点について判断することは非常に難しいことです。とはいえ、本件は、常に解雇の理由を適切に文書化するよう努めている雇用主にとって心強い判決であると言えます。
- 内部通報者が請求できる補償金の金額は?
内部通報に関する申し立てが成功した場合、(内部通報者に支払われる)補償金額に上限はありません。 補償には、過去と将来の逸失利益、および精神的苦痛に対する慰謝料が含まれ、上限はありません。(内部通報に関する)申し立てを起こしたという汚名を着せられた結果、申立人がその分野での就職が不可能になると裁判所が判断した場合、そして申立人が高額の給与を得ていた場合、「キャリア喪失」を反映する補償金は高額になる可能性があります。2022年に、逸失利益、ボーナス、年金のために160万ポンドを超える補償金が申立人に支払われた件がありました。
内部通報に関する申し立てにおいて、雇用審判所は従業員に対して「暫定救済」を与えることができることにご注意ください。 これは、申し立ての最終的な結論が決定されるまで、従業員の雇用を継続するよう命じるものです(つまり、従業員に給与や契約上の給付金を提供しなければなりません)。この件に関する詳細は、暫定救済に関する当事務所の最新のニュースレターをご覧ください。
3CSにできること
内部通報に関する申し立ては複雑で時間がかかり、当初から精力的に対処しなければ、風評被害だけでなく多額の金銭的損失をもたらす可能性があります。 当事務所は、内部通報の申し立てや暫定救済の申請に対する対抗方法について幅広い、専門的な経験を有しており、貴社のビジネスをサポートし、アドバイスを提供することが可能です。 詳細については、3CSの担当者にお問い合わせください。