国際商業会議所(International Chamber of Commerce (ICC))は、2021年以来初めて仲裁規則(arbitration rules)を改正しました。新規則は、当事者が旧規則の適用に合意している場合を除き、2026年6月1日以降に開始されるすべての仲裁に適用されます。この日付は重要です。新規則は、新たに締結される契約だけでなく、ICC仲裁条項が含まれる既存の契約に基づいて新たに生じる紛争にも適用されます。
新規則の主なテーマは迅速化です。ICCは、仲裁をより迅速、簡素、低コスト、かつ予測可能なものにすることを目指しています。クライアントにとっては、費用と所要時間の面では望ましい改正ですが、その一方で、手続開始時に必要となる準備が増えることになります。本ニュースレターでは、知っておくべき事項と、この改正に対して講じるべき対応について説明します。
手続開始の迅速化 – ただし、より早期の準備が必要
通常の手続では、正式な付託事項書(Terms of Reference)が廃止されました。代わりに、手続の早期段階でケースマネジメント会合(Case Management Conference (CMC))が開催され、仲裁廷と当事者が仲裁手続のスケジュールおよび手続の枠組みを決定します。
これにより、遅延および書類作成の一段階が削減されます。その一方で、CMCは案件記録を仲裁廷が受領してから30日以内(迅速仲裁手続(Expedited Procedures)ではさらに短い期間)内に実施されなければならないため、事案および主要書類をより早期に整理しておく必要があります。また、通常の手続において、最終的な仲裁判断(award)を6か月以内に下すという固定の期限も廃止されました。
早期に準備すべき理由はもう1つあります。CMCは新たに基準時として機能し、CMCの開催後は、仲裁廷(tribunal)の許可(permission)なく新たな請求を追加することができません。
実務上のポイント:CMCの前に、主張する可能性のあるすべての請求を特定し、主要書類を収集してください。請求を当初の手続に含めなかった場合、後にその請求を行う機会を失う可能性があります。
少額または緊急の紛争に対応する手続の拡充
ICC規則では、少額または緊急の請求に対応する手続が拡充されました。迅速仲裁手続は、紛争額が400万米ドル以下の紛争に自動的に適用されます。従来の基準額は300万米ドルでした。これは、仲裁合意が2026年6月1日以降に締結された事件に適用されます。これらの手続では、1名の仲裁人が6か月以内に判断を下します。
企業への影響:新たな契約では、3名の仲裁人を希望する場合、迅速仲裁手続を適用しないことを合意できます。また、より高額な紛争にも迅速仲裁手続を適用することを合意することができます。
新規則では、迅速性が最優先される単純な紛争を対象とした、Highly Expedited Arbitration Provisions(HEAP)と呼ばれる新たな「非常に迅速な」オプションも導入されました。HEAPの主な特徴は以下の通りです:
- 最初のCMCから3か月以内に仲裁判断が下される
- 金額の上限がなく、請求金額を問わず利用できる
- 単独の仲裁人が事件を判断する
- 当事者が選択した場合にのみ適用されるため、すべての当事者が明示的に合意する必要があり、自動的に適用されることはない。HEAP仲裁を利用する旨を契約に盛り込むことも、紛争発生後に当事者間で合意することも可能
- 申立人(請求を行う当事者)は仲裁手続開始時にすべての主張および証拠を提出しなければならず、被申立人は30日以内にすべての反論を記載した答弁書を提出しなければならない
- 仲裁人は、審問(hearing)を行わず、書面のみに基づいて事件を判断できる
- 他の当事者を追加することはできず、他の仲裁と併合することもできない
- 当事者は、理由を付さない仲裁判断に合意できる。ただし、一部の国では、その執行が困難となる可能性がある
企業への影響:HEAPは、未払請求書1件に関する請求や、1つの契約条項の解釈など、迅速性が最も重視される単純な紛争に適しています。複雑な紛争には適していません。申立人は仲裁手続を開始する前に十分な準備を整えておく必要があり、被申立人は対応期限が短いため、直ちに弁護士へ連絡すべきです。
根拠の乏しい請求の早期却下
仲裁廷には、明らかに理由がない請求もしくは反論、または明らかに仲裁廷の管轄外である請求もしくは反論を却下する明示的な権限が新たに付与されました。この却下は自動的に行われるものではありません。当事者が却下を申し立てたうえで、仲裁廷がその裁量により判断します。
実務上のポイント:この制度は、どちらの当事者にも利用され得ます。相手方の請求が明らかに根拠を欠く場合には、当該請求を迅速に終了させ、時間と費用を削減するための手段となります。しかし、適用要件は厳格であり、相手方も同じ手続を利用できます。したがって、仲裁を申し立てる前に、自身の請求内容を慎重に確認する必要があります。
仲裁廷の選任前における緊急の保護
新規則には、緊急仲裁人が、相手方に事前に通知することなく「暫定命令(preliminary order)」を出すことができる規定も盛り込まれました。例えば、相手方による資産の移転や証拠の破棄を防止するために利用できます。その後、相手方には速やかに主張を述べる機会が与えられます。
企業への影響:相手方が請求の実現を妨げる行為を行う現実的なリスクがある場合、自身の立場を保護するための、より迅速かつ効果的な手段を利用できるようになりました。
守秘義務は自動的に適用されない
これは重要なポイントです。新規則は、仲裁人および仲裁廷書記官に対して明示的な守秘義務を課していますが、当事者自身には課していません。したがって、当事者は、紛争が自動的に秘密として扱われると考えるべきではありません。
実務上のポイント:秘密保持が重要である場合には、直接これに対応する必要があります。契約に明示的な秘密保持条項(confidentiality clause)を盛り込むか、紛争開始時に別途契約を締結することが望まれます。
費用
ICCの管理費用(administration fee)の料金体系が再調整されました。紛争額が1,000万米ドル未満の事件では費用が引き下げられ、それを上回る高額な紛争では引き上げられています。管理費用の上限は、現在18万米ドルです。申立手数料(filing fee)は引き続き5,000米ドルであり、当事者を仲裁手続に追加するための申立てについても、同額の新たな手数料が設けられました。緊急仲裁人の費用は5万米ドルです。
少額または中規模の請求を行う多くのクライアントにとって、全体的には管理費用が低下する見込みです。
実務上の対応
より早期に準備する。手続が迅速に進むため、開始時により多くの準備が必要となります。仲裁を効率的に進めるうえで、早期に十分な準備を行うことがこれまで以上に重要となり、すべての請求をCMCの時点より前に明確に提示しなければなりません。
HEAPを利用する場合は、初日から準備を整える。3か月以内に仲裁判断が下されるため、完全な請求書面と、書類、通信、契約書および証人供述書を含むすべての裏付け証拠を早期に用意する必要があります。仲裁廷は、審問を行わず、書面のみに基づいてHEAPの事件を判断できるため、後から不足を補う余地はほとんどありません。また、HEAPでは当事者を追加することができず、事件を併合することもできません。HEAPに基づく請求を受けた場合、期限が短いため、迅速に対応する必要があります。
早期却下を念頭に置く。却下の申立てに耐えられるように自社の主張を構成するとともに、自社に対してなされた請求に同様の弱点がないか確認してください。
既存の契約を見直す。ICC仲裁条項を含む契約を特定してください。これらの契約に基づいて新たに生じる紛争には、2026年規則が適用されます。
新たな契約の条項を更新する。契約にICC規則に基づく仲裁合意が含まれる場合、迅速仲裁手続を適用するか、または適用しないか、HEAPが一定の種類の紛争に適しているか、および秘密保持条項が必要かについて検討してください。
仲裁廷による利益相反確認に協力する。新規則の下では、仲裁人が利益相反および開示の必要性を確認する責任がより重くなります。疑義がある場合、仲裁人は利益相反の可能性を開示しなければなりません。遅延を回避するため、仲裁人が確認できるよう、資金提供者を含む関連会社および関連法人の完全かつ慎重に作成された一覧を、手続開始時に提出してください。
3CSにできること
紛争に関わっている場合、または国際仲裁を検討している場合、3CSの紛争解決チームが、利用可能な選択肢をご説明し、適切な対応方針の選択を支援します。アドバイスまたはガイダンスをご希望の場合は、お気軽にお問合せください。




