商業契約の紛争解決条項に盛り込まれることの多い「専門家による決定(Expert Determination)」の最大の利点は、専門家による判断が原則として不服申立ての対象とはならず、最終的な判断とされる点にあります。これにより、紛争当事者は相手との関係を断つことも、元のプロジェクトを継続することも可能となります。
この目的をできる限り達成するため、契約には一般的に「明白な誤りがない限り、専門家の判断は最終的かつ拘束力を持ち、不服申立ての対象とならない」といった文言が盛り込まれます。また、「詐欺がない限り」という文言が加えられることもありますが、詐欺による決定はそもそも裁判所により無効とされるため、必須ではありません。WH Holding Ltd 対 E20 Stadium LLP(EWHC 140 (Comm))事件において、高等法院の臨時判事である Paul Mitchell KC は、当事者が、「明白な誤り」を根拠に専門家の判断の最終性と拘束力を争う場合に、どのような立証を求められるのかを検討しました。
WH Holding事件における事実関係
WH Holding Ltd(ウェストハム・ユナイテッドFCの持株会社)は、ロンドン・スタジアムの運営者であるE20 Stadium LLPと長期契約を締結していました。この契約には、特定の株主がクラブの持分を売却した場合、WH Holdingが「スタジアム・プレミアム額(Stadium Premium Amount)」を支払う義務があるという条項が含まれていました。
2021年、第三者投資家との間で複数の株式売却およびプット・アンド・コール・オプション取引が実行されました。E20は、これらの取引によってWH Holdingに360万ポンドの支払い義務が発生したと主張しました。これに対してWH Holdingは異議を唱え、最終的な判断は専門家に委ねられました。契約における専門家決定条項には、「明白な誤りがない限り、専門家の判断は最終的かつ拘束力を有する」と定められていました。
「明白な誤り」の法的基準とは?
裁判所は、「明白な誤り」の証明に非常に高いハードルを設定しています。WH Holding Ltd 対 E20 Stadium LLP 事件では、裁判官は Veba Oil Supply & Trading GmbH 対 Petrotrade Inc [2001] EWCA Civ 1832 判決における定義を採用しました。そこでは、「明白な誤り」とは、「あまりに明白で、その判断に影響を及ぼすことが明らかな見落としまたは判断ミス」であり、「誰の目から見ても異論の余地がないもの」とされています。
つまり、「明白な誤り」に該当するには明白性と結果に影響を与えるだけの重大性の両方が必要であり、単に専門家の判断が間違っていた、あるいは別の見解を取ったというだけでは不十分です。
専門家の判断に「明白な誤り」があったのか?
裁判所は2つの明白な誤りを認定しました。1つ目は、異なる当事者および契約条件に関わる株式売却とオプション契約を、誤って1つの適格取引(Qualifying Transaction)として扱った点、2つ目は、契約で認められていないにもかかわらず、2つの異なる評価方法を組み合わせた評価方法を用いた点です。
これらが誤りであることは契約内容から明らかであり、判断結果に重大な影響を及ぼしていました。高等法院は、この明白な誤りにより、当該専門家の判断は最終的かつ拘束力を持つものではないと判断しました。
3CSにできること
専門家による決定は、商業契約における有効な手段となり得ますが、その効果を十分に発揮させるには、条項の内容が適切に定められ、正しく理解されていることが不可欠です。3CSでは、クライアントが効果的な紛争解決条項を構築できるよう支援するとともに、必要に応じて専門家の判断に対する異議申立てもサポートしています。商業紛争解決に関する法的サポートが必要な場合は、どうぞお気軽にご相談ください。貴社のニーズに合わせたアドバイスをご提供いたします。